第3回は神戸のヤマサキギター音楽院を訪問。荒木善彦さんとのギターデュオ「Gen-Note」での活動や海外の実力派ギタリストのコンサート企画など、精力的に活動されている山崎由規さんにインタビューをさせていただきました。
謙虚で柔らかい雰囲気のお人柄ながら、胸に熱い情熱を秘めた山崎さんの目指す、みんなで共有し広がっていくクラシックギター界の展望とは?(聞き手:米阪隆広)
─────最初はお父様の山崎繁先生にギターを教わったということですが、いつごろから弾き始めたんでしょうか?やはり小さいころからクラシックギター一本で育ってきましたか?
物心がついたころには弾いていたので正確にはわからないんですが、一番古い映像では5歳のころ「ちょうちょう」を弾いている8ミリビデオが残っています。
ただずっとクラシックギターを弾き続けていたわけではなく、小学校~中学校の頃はちょくちょく中断も挟んでいます。父もスパルタ教育的に厳しく指導するタイプではないのでけっこう自由にやらせてもらった感じですね。
本格的にギターに取り組み始めたのは高1からで、クラシックギターの他にバンドでエレキギターを弾いたり自分でアレンジを始めたりもしていました。そのころギターコンクールに挑戦したら初めてで銀賞をいただいて、そこからどんどん味を占めていったのかもしれません(笑)
大学(京都産業大学)ではギター部に入部しましたが、そこの顧問が福田進一氏の最初のギターの師匠だった斎藤達也先生でした。斎藤先生はとてもおもしろい方で、ギターから哲学までいろいろなことを教えていただきました。
大学在学中もコンクールを受け続けて賞もいただいていたんですが、実はプロを目指す部門に挑戦し始めたころに手を故障してしまって、左手の薬指と小指がうまく動かせなくなったんです。その傷が原因でいったん演奏家はあきらめて就職する道を選びました。
─────大学を出られてからは一時会社に就職されていたんですね。それでは本格的にプロギタリストを目指されたきっかけはどういったものだったでしょうか?
しばらくは平日は保険代理店で働いて、休日に副業として少しギターを教えるという日々が続きました。(実は生保も損保も両方営業の資格を持っているんです!)
転機になったのは、その会社の共同経営者の方が突然自ら命を絶たれるという出来事があったときです。その方とは懇意にしていただいて、つい先日もいっしょに食事をしたばかりだったので、私にとって非常に衝撃的なことでした。遺書の中に私へのお詫びの言葉が添えられていましたが、その言葉がどういうわけか私の心には『自分のやりたいことをやって生きなさい』という意味に響きました。このことをきっかけに「仕事というもの」について改めて深く考えさせられました。それでもう一度本腰を入れてギタリストとしての仕事に取り組んでみようと決意したんです。
─────現在の山崎さんの活動について荒木善彦さんとのギターデュオ「Gen-Note」はいつ頃始められましたか?
Gen-Noteの結成は2010年の年末の事です。2011年の3月にデビューしたのですが、ちょうどその2週間ほど前に3.11の東日本大震災が発生して、デビューコンサートがそのままチャリティーコンサートになって募金を募ったのを覚えています。
荒木さんとは仕事場も近いし一度デュオを組んでみては?という声があって始めたんですが、ひとつのジャンルに集中して打ち込むのは初めてでとても面白かったですし、デュオをメインで演奏活動していくとどうなるのかな?という興味もわいてきて長く続けていくことになりました。これだけ長く続くと、だんだんレパートリーも増えていきますし、お互いの呼吸や表現もわかってきて練習も短くて済むようになりますね。
東京のクアトロパロスさんとの共演など、他の演奏家にお声掛けいただいてジョイント公演を行う機会もここ何年かで増えていますが、近年はギター界でもアンサンブルがフィーチャーされることが増えてきているようで、面白い流れになっていると思います。
─────近年はジュディカエル・ペロワ、リカルド・ガジェンなど海外の大物ギタリストの関西公演を主催されていますが、どういう想いから始められたんでしょう?
幸いにも招致されてる方々のご縁に助けられて主催をさせていただいています。最初はマリア・エステル・グスマンのコンサートの主催から始まりましたが、これは手塚健旨先生と父の紹介で始まりました。最近では猪居信之先生に紹介していただいた、樋浦靖晃先生が主催されている東京のイーストエンド国際ギターフェスティバルに関連した関西公演の主催をさせていただきました。こういった主催を引き受けた一番の動機は、生徒の皆さんをはじめとした関西の愛好家の皆さんに世界レベルの演奏を聴いていただきたいという想いですね。
時代が変わってセゴビアはもちろん村治佳織さんですら知らない、演奏を聴いたことがないという方が増えています。そんな中で「本物」に生でふれていただくことで、クラシックギターの世界を身近に感じてもらえる機会を作りたいと思ったんです。長く教室に通っているといろいろ煮詰まってくることもあると思いますが、こういった演奏を聴くことが何らかの成長のきっかけになることもあります。
実際にコンサートを聴いた人がその後、ギタリストについて調べたり、CDを買ったりと興味を深めて自主的に動き出してくれるようになりました。そういう時がコンサート主催をやってよかった!と強く思う瞬間です。
もちろん大変なことは多いですが、せっかくのチャンスだから自分が一番楽しもう!という気持ちで取り組んでいます。
─────山崎さんのこれからの目標はどういったものでしょう?
う~ん・・・とてもたくさんあるんですよ!(笑)
「ギタリストとして」「先生として」「オーガナイザーとして」に分けてお話しさせていただきます。
ギタリストとしては、まだギターを知らない人や、初めて間もない人を特に意識して活動しています。
GEN-NOTEというユニットとしては、ぱっと聴いて分かりやすい選曲などで、ギターをまだ知らない人に興味を持っていただけるきっかけを作っていきたいと志しています。
他にもソリストや室内楽とのアンサンブル活動などを通してその可能性を勉強していきたいですね。。
ギター教室の先生としては、生徒の皆さんとの交流を重視したいと思っています。これは私の父ゆずりで、父も昔から教室でバス旅行や紅葉狩りなどを企画してよく教室の皆さんと遊んでいました。そんな想い出もあって、私も教室外の活動で生徒の皆さんと遊ぶのが大好きなんです。先生対生徒の関係だけでなく、生徒同士の関係を築いていくことも重視しています。
これを発展させると他の教室の生徒さんとのコミュニケーションにもつながっていきます。愛好家の皆さんが教室の垣根を越えて流動的に交流することで、アマチュアギタリスト同士のネットワークのようなものが現にできつつあります。これは間違いなくギターの世界を大きく発展させてくれると思いますよ。
オーガナイザーとしては、公的な教育とギターとの結びつきを作りたいという大きな目標があります。
私はギターは学校教育などのアカデミックな要素を持てる楽器だと考えています。ギターはピアノのようにポリフォニックな楽器で、独奏にも重奏にも伴奏にも使えるため、ピアノの代替として勉強することが可能です。(しかも持ち運びが可能!)
特に神戸市は中学校教育にクラシックギターがすでに組み込まれています。にもかかわらず教えている先生はきちんとしたメソッドがないため苦労しているようです。そこに働きかけていけば、公的な教育にもっとギターが取り入れられていく可能性は十分にあると思います。公的な教育機関との連携はとても発展性があることは間違いありません。
そのためにはギタリストがみんなで力を合わせてギターという楽器の実態・魅力をもっと世間にアピールしていく必要があります。
─────山崎さんの考える今後の自分の役割はどういったものでしょうか?
若い実力あるギタリスト、留学から帰ってきたばかりのギタリスト、こういった人たちに活躍の場を作っていかないといけないですね。ゲスト演奏やレッスン会などいろいろなコラボレーションが考えられますし、実際に何回か企画しています。また私は他の演奏家とのジョイントの機会が多いので、そういった時に「面白い人がいるよ」と紹介の輪を広げていくことができます。そうすることで私自身も友人が増えていくという面もありますし、やはり「人」ベースでやっていきたいなと思っています。
─────最後に何かメッセージをお願いします。
「ギターの持つ可能性」をどれだけ具体的に言えるかということは、とても大切だと思います。これはプロもアマチュアも含めてのことです。
「ギターがあるから〇〇で演奏できる」「ギターがあるから子供に教えることができる」などなど・・・
こういった具体的なギターの可能性をみんなで増やしていけば、その数だけギター界はもっともっとよくなっていくと思います!
─────ありがとうございました。