フィガロ株式会社《関西クラシックギターの挑戦者たち①》

 

今、クラシックギター業界で話題の新進ギター弦メーカー、フィガロ株式会社さんを突撃探訪!
現在、国内で出回っているクラシックギター弦の多くが海外の大手メーカーの製品という中で、神戸発の国産ハンドメイド・ギター弦として登場したフィガロ弦に注目が集まっています。私自身フィガロ弦を使ってみてそのしなやかさと張りのある音色に魅せられました。
今回は取締役の薮鈴太郎さんから、開発の経緯やギター弦にかける熱い想いをお聞きしてきました。(聞き手:米阪隆広)

─────ギター弦制作に関わるようになったきっかけはどういったものでしょうか?

もともと私の父はガス警報器の心臓部であるセンサーの発明者だったんですが、昔から音楽や楽器に興味があり、40年ほど前にギター弦の製作も行ったこともありました。
その時は試験的に少量販売するのにとどまり、専門店で販路に 乗せるまではいかなかったようですが、人生最後の仕事として再度ギター弦の製作に挑戦したんです。
その時に私に弦つくりを手伝ってくれと申し出があり、私自身最初は「ギター弦は金属工学と高分子化学だろうし、大学で学んだ化学の知識が生かせるかな」と いう程度で気軽に OK しました。ですがギターの世界に触れることにより、すぐにその面白さに気づいてどんどんのめりこんでいきました。

─────工房を拝見しましたが、弦を作る機械までご自分で作られているんですね。

弦を作る機械はもともと父が設計したものを元にしています。昔の技術者はどんなものでも自作してしまう一種の発明家みたいな人が多かったんですね。
どの機械も外部に発注するのではなく、うちで一から設計して作成したものです。もちろんギター弦も一本一本完全にハンドメイドです。

フィガロ弦─────たくさんのギターがありますがこれは何のために?

様々なギターに試作段階の弦を張って、弦の音色や弾き心地を確認しています。中には1年以上張って強度を確認しているものもあります。
現在フィガロ弦は低音弦(4,5,6弦)のみですが、試作段階の3弦もかなり完成に近づいてきました。1弦2弦の製作も進めています。

フィガロ弦─────梱包作業依頼先への引き取りにも立ち会わせてい ただきましたが、ホーム塩屋という就労支援作業場に発注されていたんですね。

ホーム塩屋さんは、もちろんとても低価格で作業してもらえるというコスト面での理由もあるんですが、規模は小さいながらも最初から地域、社会貢献出来ればと思って依頼しています。
あそこ の方はとても真面目で仕事が丁寧なんです。パッケージはけっこうコツがいるんですが、すぐに慣れて今 では検品が必要ないくらいきれいにやってもらっています。
作業所の皆さんに「ここで梱包作業をしてもらった商品をこういうギ タリストに弾いてもらっている」とか「こういう場所で演奏されている」というお話をすると、「一度聞いてみたい」と言ってとても喜んでもらえます。

─────ギターとの出会い、印象はどういったものだったでしょうか?

スペインで聴いたホセ・マヌエル(クラシックギター奏者、スペイン音楽研究者でもあるグラナダの偉人マヌエル・カーノさんの息子)の演奏には衝撃を受けました。聴いているうちに言葉にできないような感情が襲ってきたのです。今までに経験したことのない感覚でした。
それを機に次第にギターの世界に関心を持つようになりましたが、それからほどなく父からギター弦メーカーを立ち上げるので手伝ってくれないかと申し出があったのです。

─────新しいギター弦に対してのクラシックギター関係者の反応はどのようなものだったでしょう?

最初はギタリストの松田晃演さん、柴田杏里さん、ギター製作家の松村雅亘さんに試していただきました。その後は私の出会った大勢のギタリストの皆さんに試奏をお願いしたんですが、不思議と「音が悪い。話にならない。」とばっさり切られたことは一度もなく、「なかなかおもしろい。もっと頑張るように。」と期待の声をいただけることが多かったのです。そのあたりから自己の感覚が世間と大幅にズレている訳ではないのだと思い、「これは仕事としてやっていける!」という手ごたえが感じられるようになりました。

─────ギター弦を作るうえで最も苦労することは何でしょうか?

強度と音の良さを両立することですね。
音を良くしようとすると頑強さからは遠ざかり、頑強にしようとすると音の良さからは遠ざかってしまう。このバランスを取る微妙な難しさは、ギタリストの方でもなかなかわからないかもしれませんね。
ですが例えばギターでも、落としても車で轢いても大丈夫なギターは得てして音が良くなく、良いギターは扱いも繊細さが要求されるかと思います。ギター弦も同様に工業製品としての視点でなく”楽器の一部なのだ”という認識をもって頂ければと思っております。

フィガロ弦─────従来のギター弦に比べてフィガロ弦は音量が大きいように感じます。共鳴しているせいか高音弦の響きも全体的に底上げされて、全体に張りのある響きになっているように感じます。

ありがたいことにそういう感想をいただくことは多いですね。フィガロ弦は確かに割高ですが、張りと芯のあるいい状態の音が長期間続くことを目指して作っています。
フィガロ弦は別に既存の弦メーカーさんと張り合う気持ちはないんですよ。あるメーカーさんは低価格ながら正確で安定したピッチが特徴、あるメーカーさんは張り替えたての時の輝くような華やかな音が特徴など、富士山、エベレスト、ピレネーのように各社違う山のようなもので、どの弦にもそれぞれよさがありますね。
フィガロ弦に合うギターは必ずあると思います。私の考えでは低音は楽曲のストーリーのガイド役であり、それだけに重要だと思うんです。だからフィガロ弦は人の声に近い芯のある太い音を目指しており、それによって音楽をしっかり支えることができると思います。

─────ギター弦を作る上で理想としていること、強く願っていることはありますか?

まずは優れたギタリストがいて次に優れたギターがあり、弦はその次という風に優先順位は低いですよね。
それでもある人が一流になろうと自分の技術・芸術を磨く過程で壁にぶつかったとき、「あの弦があったから一歩先に進めた」と言ってもらえるような馬力のある製品を作ること、これが私の大きな望みです。

─────最後に今後の関西ギター界の展望と、フィガロさんの考える自分の役割はどうお考えでしょう?

現在の日本のどの芸事の業界もそうですが、何もしないなら衰退傾向にあるのは確かですね。
でも楽観視もできませんが、悲観的になる必要はないと思いますよ。様々なポテンシャルを秘めた若い世代が動き始めており、こういった人たちがしがらみなく手を結んでいけば、いろいろと面白いものを作り出そうという動きが活発になるでしょう。
私はギタリストではありませんが、弦のメーカーとしてギター業界と深く関わっているため、ギタリストの皆さんとは違った目線を持って、ギタリストの皆さんが動きにくい場面でも、イベントの企画、アドバイス、調整役など、うまくサポートしていけたらと思っています。

─────ありがとうございました。

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